sales_scientist_nakatani’s blog

「営業を科学する」Sales Scientist中谷真史のブログ。慶應義塾大学経済学部卒。新卒にて入社した外資系製薬会社にてトップセールスを経験。その後、総合系コンサルティングファームを経て、営業・マーケティング領域の経営コンサルタントとして丸の内エリアのコンサルティングファームに勤務。

【僕が育った営業マン時代の環境】

僕は新卒で外資系の製薬会社に入社しましたが、その後の道のりは平坦ではありませんでした。

①医学・薬学の知識ゼロでの入社
文系出身の自分には医学や薬学の知識は皆無で、認定試験の勉強をするといつも同期内90名中下位2割程度に入っていました。
結果的に、試験本番では上位2割程度の順位で合格はできましたが、これは理屈抜きにただひたすら暗記して乗り切りました。
 
無事に認定試験を突破しても医師を相手に薬剤知識で勝負するためにはかなりの時間を要しました。

②初任地配属にて全国47都道府県中、47位の営業所へ配属
配属面談にて「勤務地の希望はあるか」と聞かれました。
僕は「どうせ飛ばされるならとびっきり田舎の厳しい環境へ!」と伝えました。
すると、富山県(自社内都道府県別売上ランキング47位)への配属となりました。さすがに震えました。
 
外資系企業のメリットでもありデメリットでもあるかもしれませんが、成果でボーナスが大きく変動し、給料に直結します。
これにより、配属された土地にて自社製品の売り上げが良いか悪いかという運によってボーナスの額が変わるということがあります。

苦戦地域に配属されると、どんなに頑張ってもなかなか結果が出ずボーナスが出ない、給料が上がらない、といったことが起こりえます。勤務地格差が大きいのです。
この不公平感により辞める人も多く、負けている地域は人も根付かないので負のスパイラルに陥ります。結果、万年ビリ営業所が生まれるのです。

実際、僕の所属していた営業所ではインセンティブの支給額がゼロという先輩もいました。
 
このような中で育ってきたので、創意工夫のできる営業マンになれたのではないかと思います。

③「圧倒的」になることの難しさ
入社2年目の終盤に、ある製品の売上で全社上位3%程度に入ることがありました。
必死に頑張り、担当地区の歴史を塗り変えるような実績を出すことができました。実際、北陸地区では少し有名になることができました。
「実績の伸び率」では恐らく全国No.1だったのではないかと思います。
 
しかし、会社にはほとんど評価されませんでした。決算後のパーティにて表彰されることはありませんでした。

内心、「この人たちより自分の方がずっと凄い。自分の方が評価されるべきだ」と思っていました。
ただ、当然会社にとってはその実績を出すまでのプロセスは関係なく、数字のみが判断指標となります。

そこで「誰からも認められるNo.1にならなければ意味がない」ということを思い知りました。
 
祝賀ムードの明るいパーティの最中に一人、悔し泣きをし、上司と「絶対に来年は日本一になる」と固く約束したことは一生の思い出です。

上記3点のように、苦しい時期もありましたが何とか3年間でトップセールスになることができました。
僕は決して営業トークが抜群に上手なわけではありませんし、話が特別に面白かったり、ずば抜けて頭が良いわけでもありませんでした。
 
それでも年間約2000回もの商談を重ね、試行錯誤を繰り返していく中で気付き、ブラッシュアップしてきたノウハウや理論があります。
どんな人でも、考え方やちょっとした技術を持っているだけで営業成績は大きく変わります。

これを知らないのは営業マンにとって大きな損失なので、自分に関わった人だけでも"売り方のコツ"を知ってもらいたいです。
 
"売り方のコツ"を知ることで少しでも楽しく、幸せな営業マンライフを送っていただければという思いで営業をコンサルティングする仕事を目指すようになりました。
是非、営業に興味のある方は今後のブログを読んでいただければと思います。